鳥類の生息環境
ここでウルグアイの鳥類生息環境の大半を占める牧場を詳しく観察しよう。放牧地はすべて鉄線と木製の牧柵(杭による高さ1・5m程度)で囲まれている。面積が数100Haに及ぶものでも決して途切れるようなことはない。ウルグアイ全土どんな辺境や山(最高峰で500m以下)でもこの牧柵によって所有権が明示されている。牧柵を作る専門の業者が、強力な牽引機で番線を杭に直接通して作るので、大人が針金の間を広げて体を入れることは不可能である。南米では牧柵は神聖なものであり、住居の壁と同質で、無断で牧柵内に入ったものに対する攻撃は自衛権の発動とみなされる。放牧地内にはシェルターになるユーカリの林(遠目には島のように見える)、水飲み場を除けば一見人手がかかっていないようにみえる。しかし良い放牧地として維持するためには、棘のあるアカシヤ類の除去やチョウセンアザミ・パンパスグラス(ススキ)の進入を防ぐため常に注意していなければならない。これらの植物は家畜の口周や鼻を傷つけ食欲を低下させる。ちなみにウルグアイでの適正放牧数は良質なもの1Haあたり牛1頭、羊10頭で、低品質の放牧地では1Haあたり牛0.2頭とされている。このような放牧場は図に示したような一般的環境を持ち、鳥類が住み着く独特の環境を作りあげている。牧場内での牛、羊の水飲み場所は3種類ある。第1は人間が掘った井戸から水をポンプや風車で汲み上げて、コンクリート製の水飲み桶に流し込むタイプである。風車のある風景はアルゼンチンを含むパンパ一帯で見られるもので、単調な景色を救ってくれる。現在も、頑丈で立派な風車を作るメーカーがあり、省エネ的な施設でもある。第2はやや起伏のある低湿地にブルトーザーで堰堤を作り、雨が降った時の流水を溜めるタイプの溜め池(タハマール)である。これがウルグアイの放牧場の一つの特徴となっている。第3は常に流水のある河の利用で、牛や羊が水を飲めるように川岸の木を切り払い。水飲み場としたもので、かなり恵まれた特別の牧場である。自然の湿原状態を利用している場所もあるが、東部海岸地帯の特殊な地区である。 ここで牧場の鳥の生活と最も関係の深いタハマールについてやや詳しく記録しておきたい。鳥は常に水を確保する必要があるので、牛・羊のためのタハマールは小鳥達にとっても貴重な場所である。タハマールの下流部には、増水の時に水を落とす水門がある。水門からは少量の水が常に出るので、じめじめとしており、柳などの喬木が生えていて、ミソサザイ、ヒワなどの棲家となる。水門の両側は上部が幅1mほどの土手となり、チョウセンアザミが特異的に繁茂する。水深はこの部分が一番深く、1ー2m(底浚えをしてからの年月による)程度で、カワセミなどが見られる。水深は上流になるに従って浅くなり、最上流部にはホテイアオイが見られる。50cm程度のところからはパピルスの群生が見られ、ムシクイ、バン、クイナ、カイツブリ(ヌートリア等も)等の営巣場所を提供する。上流には柳・栴檀などの、やや高い樹が雨水の流路に沿って並び、キバラタイランチョウ、トビの類等が営巣する。水上にはバン、カモ、白鳥の類が常に遊泳し、小魚やカエル、リンゴスクミガイ、水草などの餌を首を突っ込んで探し、水辺にはナンベイタゲリ、セイタカシギ、サギ、トキ、レンカクなどが遊ぶバ-ドウオッチングの宝庫である。牧場(エスタンシア)の中での数少ない鳥の棲家のうち特筆しなければならないのは家と周辺の果樹園やバラ園を囲む人工的な生け垣(ヘッジロー)、道路から門までの並木、燃料や防風樹にもなるユーカリや在来種のオンブーの林などの存在である。これらの木々は数多くの鳥類の棲家となる。日中草原で餌を探した鳥達のねぐらにもなる。夜明け前、まだ気温が低い時には不活発だが、朝日の上昇とともに少しずつ動き、さえずりを始める様子を見ると、牧場の鳥の大半が集合しているような状況を呈する。通常森林は鳥の生息地として最も適している。ウルグアイでは国によって保護されているサンクチュアリと海岸防風林を除いては森林そのものがない。その一つであるラグ-ナサウセは湖を囲む松とユーカリを主とした造林地である。もう一箇所のラプラタ河岸のアンチョレナは世界各地から導入した樹木が栽培されている植物園のようなもので、天然林は川岸近くのマングロ-ブに近い植物のみである。このような自然公園は大統領の別荘地を含むため、一般の人々の出入りは制限されており、レンジャーの案内なしには入ることができず、観察の機会はなかった。鳥類の生息地となるその他の環境としては海・湖(大規模湿地を伴う)がある。海は大西洋に面して急に深度が増すため、魚・貝・海藻などは少なく、南極海からの冷水と相まって生物は多様性を持たず、海鳥の種類もマセランペンギン、ハサミアジサシ、ミヤコドリ、アホウドリなど興味深い鳥はいるが、特有なものはいない。ラ・プラタ河は大河であるが、ウルグアイ側では鳥類から見れば海と変わらない。アルゼンチン側には支流パラナ河の三角州をともなう大湿地帯があり、300種以上の鳥類が生息する。湖としてはブラジル国境に琵琶湖の2倍ほどのメリン湖があり、多数の鳥類が生息するとの噂は聞いたが、県都(メロ-)から湖岸の村落まで一日一本のバスしかなく、観察する機会はなかった。中央部の大河リオネグロには三ケ所にダムがあり、内水面を形成するが、ここは魚類も少なく、昆虫や植物も単純で、放牧地内を流れる川と本質的な差はないように思われた。大規模湿地帯は鳥類の宝庫であることはいうまでもない。アメリカコウノトリ、クロトキ、ベニヘラサギ、クビワサケビドリ、サギ類、カモ類等の大型鳥類がコロニーを作る。しかしウルグアイでは湿原も牧柵で囲まれた放牧地の一部である。頭だけ水の上に出した牛の群が、歩いている光景は珍しくない。湿原における鳥類の保護は国立公園とは別で、牧場の所有者であっても、湿原を勝手に排水して農耕地にすることはできない。日本の企業が取得した広大な牧場の中にウルグアイ有数の湿地帯が含まれていたため、その付近を大豆畑にしようとした企業の計画は途中で中止せざるを得なかったというような話もある。