45.餌を変えれば虫も変わる   昆虫・ハダニの純系作出とその利用 



クロ−ン羊が世界的な話題となっている。体細胞を起源としたことに大きな意義があり、その業績が評価されたものである。我が国でも行われている牛などの卵細胞の分割による純系の作出とは原理的にも大きな違いがある。一方昆虫におけるクロ−ンはアブラムシ類の無翅雌虫で見られるように雌産単為生殖現象として広く自然に存在する。そして生態系におけるその役割もある程度解析されている。脊椎動物におけるクロ−ンは人間の管理の下に置かれるので、その存在意義は昆虫とは全く異なったものである。しかしある点では昆虫のクロ−ンの持つ適応力の変異や遺伝子の安定性は示唆深いと思われる。アブラムシのクロ−ンは寄主植物の選択、薬剤抵抗性の獲得などの解析に利用されて成果を上げている。 両性生殖が正常な生殖法である昆虫でも人為的な操作によって特定形質に関する純系を作る試みがわずかながら行われてきた。その一例はキクイムシ類・ハチ類とハダニ類である。いずれも雄の染色体が半数体で、雌は受精しない場合には雄だけを産む半数雄産単為生殖を行う。雌成虫の寿命が長いのも条件のひとつである。兄妹交雑(Sibring)が高い頻度で起きる生殖様式でもある。

キクイムシの純系作出 
キクイ虫の場合には次のような方法で純系が得られる。キクイ虫の雌蛹を個体別に飼育すると最初の産卵による子孫はすべて雄である。その雄は母親と交尾する。その後には雌と雄が生まれる。雌は遺伝子的に母親と同じ形質を持つ確立が50%以上ある。このサイクルを"Double generation"と呼んでいる。遺伝学的には自殖を行う2倍体生物の1世代と全く同じ事になる。そして雌虫の異形接合(遺伝子)の率は世代ごとに半減する。理論的には3回で異形接合が6.2%、8回で0.2%となり、純系純系を得るための最も有効な手段と考えられている。

チャバネクロタマゴバチの純系作出 
羽化した処女雌を使いカメムシの卵に産卵させる。処女雌は蜂蜜を与え15度で保存する。25度で飼育した雄成虫を母親と交尾させ再びカメムシの卵に産卵させる。この操作をチャバネアオカメムシとクサギカメムシの卵で行い純系の寄主選択性の固定程度を比較する。

ハダニ類における純系の作出 
ハダニでは雌若虫を一頭ずついんげんのリーフデイスクに接種する。脱皮した雌成虫は交尾をしないまま産卵する。8日後に最初の雄が出現し、その後もすべて雄成虫となる。最初に成虫となった雄は母親である雌虫と交尾する。雄の遺伝子は母親のものと全く同じであり、交尾によって産下された受精卵は母親と全く同じ遺伝子を持つ純系雌虫である。この過程を続けることによって純系は比較的簡単に維持できる。  
キクイムシの場合には飼育で純系を作り出すことが出来るが、自然界で偶然にこのようなことが起きる頻度は少ない。しかし、ハダニの場合には個体数が非常に多いこと。発育期間が短いこと。生殖場所が隔離される頻度が高いこと等から自然界でもこのような現象は頻繁に起きていると考えられる。この現象はハダニの薬剤抵抗性の発達や寄主植物の短時間での転換などの現象の基になっている。このような操作はミツバチの場合にも品種改良の目的で行われている。