10.卵の中で窒息しない工夫 ハダニの卵呼吸器
昆虫の卵にはたいていの場合内部の胚や幼虫に酸素を供給するための構造が見られます。オウトウショウジョウバエなどでは非常に顕著なものです。ハダニは昆虫ではありませんが、ナミハダニの卵に呼吸器官があることは1971年にドイツの研究者が始めて報告しました。その後この点に興味を持つ人はほとんど居りませんでした。果樹で問題の大きなミカンハダニ、リンゴハダニ、カンザワハダニ等ではどうなっているのでしょうか。走査電子顕微鏡で調べた結果ではいろいろなタイプの呼吸器があることがわかりました。産卵後48時間に卵の内部から穿孔器が殻を破って突出します。この穿孔器の由来については不明な点が多いのです。胚に由来する器官でないことは孵化後の状況を見れば明らかです。卵膜由来の器官であるという説もあります。形態的には納得できますが殻を破るような機械的な力が何処から生ずるのか不思議です。穿孔器に続く微細支柱構造と、その部分が1令幼虫の気門付近に発達していることはこの器官が呼吸のためのものであることを明確に示していると思われます。生態的には卵の日令によっていろいろな外部からの影響に差があるというデ−タ−があります。48時
間後には殺剤に対する感受性が急速に高まることも知られています。
ハダニ卵呼吸器の詳細
卵の構造は殻(厚さ0.5μm)と内膜、卵黄、胚で構成されている。殻は卵が輸卵管や膣を通過する際に分泌された物質に由来すると見解が一致している。内膜は卵巣由来説(Ovogenesis:Beament)と卵黄由来説(Vitellogenesis:Dittrich)があり、現在では後者が認められている(Witalinski
1993)。卵黄からこのような膜(Embryonic cuticle)が形成される例は魚類などにも見られ、昆虫では半翅目の一部(カメムシ科)で知られており、クモ類では一般的な現象とされている。
産卵後に起きるハダニ卵の肉眼的な変化は色であり、淡色−濃橙色、濃赤色など濃い色に変化する。胚の発育は48時間頃まで細胞分裂が急速に進み、この後にもっとも劇的な変化が起きる。
この時期は胚帯の収縮期(contractive phase)で卵黄に起源を持つ卵黄膜(Vitelline
envelopeまたはlamella)に変化が起き、卵気門(Embryonic stigmata)が形成される。主要な部分は給気システム(Air
duct system)と穿孔器官(Perforation organまたはcorn)である(第1図)。卵気門は卵黄と卵殻の間に幅広いベルト状に存在する。その膜は厚さ0.2μmで卵殻の1/2の厚さである。ナミハダニでは44時間後に0.1-0.45μmの長さの微支持柱(micropillars)が膜の一部に形成され給気ダクトを形成する。1本のダクトが胚の両側面に延びる。給気システムが形成されるに従いその中央に穿孔器官が形成される。68時間後、穿孔体は殻を突き破り突出する。突出後卵殻の内部に空気が入るようになり、暗視野照明の下で光って見えるようになることから、Dittrichはこの給気システム部分を暗視野線と呼んだ。穿孔器官はその基部に嚢状の空間がある。穿孔器官の突出部分は0.5μmの長さで1.8μmの幅(基部)であり、先端の尖った円錐型の突起である。その突起物は殻を破るために重要な役割をする。そのメカニズムについてDittrichは突起物の空洞は卵殻を溶解または軟化させる酵素と関係があるのではないかと考えた。しかしSEMによる観察では孔は化学物質による溶解ではなく、内部からの単純な力によって穿孔器官が突出するものと考えられる。
この穿孔器官はナミハダニでは一つの卵に1対形成され、ミカンハダニ、リンゴハダニ、クワオオハダニでは赤道を中心に上下に一対、トドマツノハダニでは赤道に沿って左右に一対形成される。卵の中で発育している幼虫はその気門の部分を穿孔器官の基部に当てがった位置にいる。ミカンハダニでは赤道と平行に横になっている。これは孵化が近くなって殻を通して赤色の目が見える時期に確認できる。
ミカンハダニ卵に作られた卵気門 気門の突出の様子
気門の細部構造 卵黄膜と卵殻