キンウワバトビコバチの変わった生き方   −雄は400頭と交尾、雌は一世代で3000倍になる怪物− 

 キクやニンジン等を餌とするキンウワバ類という蛾がいます。体をやや持ち上げて歩行する様子からシャクトリムシの仲間とも見られますが違った種類です。この害虫は密度がそれほど高まらないので、幼虫は人目に付くことがありません。9−10月にニンジンの葉をまとめて繭を作ったり、キクの葉を巻いたりするとやや目立ち易くなります。
 試みにこの繭を取って容器いれて置くと、たいていの場合、蛾の成虫ではなく無数の小さな蜂が羽化するので驚かされます。これはウワバ類の寄生蜂でウワバトビコバチと呼ばれます。幼虫の大きさにもよりますが、2500-3000頭が一斉に羽化するのが普通です。中型の蛾の幼虫といっても3000もの卵を生み込まれればショックで死んでしまいます。実はこの蜂は多胚生殖といってキンウワバの卵にたった一個の卵を生み込むだけで、その子孫を3000倍にしてしまう驚異の増殖術を持っているのです。
 このような多胚生殖は他にもジャガイモトビコバチ、キンモンホソガトビコバチ、ヒゲナガコマユバチなどで知られていますが、せいぜい何十倍に増殖する程度です。多胚生殖の生理についてはまだ不明な点が多いのです。 交尾や越冬についてもまだ詳しいことがわかっていません。
 試みに同一寄主から生まれた2500頭ほどの個体の性比を調べてみました。2500頭のうち雄は6頭だけでした。この蜂の雌雄は外見的にほとんど差がなく、生殖器を見る必要があるので、雄の見落としがあったかもしれません。これほど性比が偏っているため、昆虫図鑑には雌の解説はありますが雄は不明とされています(立川、1970)。それではこの蜂はクリタマバチなどのように処女雌が雌を生む産雌単為生殖をするのでしょうか? そうではないようです。
 寄生蜂の蛹が充満したキンウワバの幼虫から蜂が羽化してくる様子を直接観察してみましょう。早い時期に羽化するのは雄です。羽化してくる雌は先に羽化して待っている雄とすぐに交尾をします。後から後から雌はいくつかの穴から出てきますから雄は大忙しです。単純な計算では一頭の雄が400頭以上の雌を相手にすることになります。もし未交尾の雌がいれば次には全て雄が発生することになるのでしょう。雄が多数羽化したという記録もあります。
 何はともあれ個体レベルでは卵から成虫の羽化まで生存率はほぼ100%で、3000倍になるという動物は珍しい存在です。唯、寄生したキンウワバが何らかの機会に捕食されたり、病死した場合には生存率は0になりますから、生息地域全体としてこの寄生蜂を評価する必要があるでしょう。
 また、越冬生態も不明で、成虫になった蜂が次の年に新しい寄主を見つけて世代を継続するまでにはいろいろな困難が待っていると思います。キンウワバ類の一般的な性質として北の地方では第Ⅱ世代の密度が最も高くなることが知られています。休眠性はありませんので越冬は不可能でしょう。成虫は秋に発生地から大きく移動する性質があるそうです。これは天敵の被害から身を守るウワバ類の知恵かもしれません。取り残された寄生蜂はどうするのでしょうか?


キクキンウワバのマミ−                      マミ−からのトビコバチの羽化・交尾

ガラス瓶中での羽化                        待ちかまえている雄は直ちに交尾する

キンモンホソガトビコバチのマミ−                 ニンジンを加害虫のキクキンウワバ幼虫