水を飲む昆虫  


昆虫は体表を堅いキチン質の外骨格で覆われているため、ほ乳類などのように汗をかくことはない。従って水分の損失が極端に少なく、通常水を飲むという行動は特別な例と考えられる。例えばチョウの成虫の吸水、シロアリ、ゴキブリなどの吸水は有名であり、それぞれその理由が解明されている。
農業害虫のうちで、とくに飼育に水分が必要な昆虫としてカメムシ類が有名である。吸入された水は胃を通過して腸に運ばれる(蠕動運動による)。腸壁から吸収された水分(浸透圧の差による)は体腔内に入る。体腔内には老廃物の処理器官として有名なマルピギ−氏管がある。一方唾腺の一部を形成する細長い盲管が胸部から腹部まで伸び、水分を大量に吸収する。このようにして作られた大量の唾液は口針の餌に対する挿入の時に潤滑剤として使われるほか、細かく砕いた餌を口針を通して胃に運ぶために使われる。
カメムシ類が水を求めることに執着する様子は尋常ではない。水を与えなければ直ちに仲間同士の共食い(吸水のため)が始まる。ガラス容器で飼育している場合にはガラス面に対しても穿孔を試みるのでガラスの表面に唾液痕が形成される。おもしろいのはプラスチック性の水飲み容器に水を含ませた脱脂綿をセットした場合、わざわざプラスチックに穿孔して吸水する行動が頻繁に見られることである。
摂食のために用いられた大量の水分は結果としてマルピギ−管で処理され、老廃物とともに尿として体外に排泄される。従って、カメムシの飼育にとって給水と排泄物の処理は一番厄介な問題である。十分に水が供給されない場合、摂食のために唾液や水がリサイクルされる。そのたびに老廃物の濃度は高まり、マルピギ−管内にまで大型の老廃物の結晶が見られることもある。飼育虫の中には直腸に病的な大型結石が形成されることがある。 
 忘れてならない水のもう一つの役目は共生菌の受け渡しにおけるものである。孵化直後の幼虫が卵表面に雌親が残してくれた微生物を取り込む際、1齢幼虫は口吻先端の刺毛の間に共生菌と粘着物質をかき取るが、これを口針の吸水孔を通じて、消化管まで運ぶには唾液、ひいては水が必要である。孵化幼虫は微生物をかき集めた後、必ず給水器に集合し、水とともに微生物を飲み込む。水のない場合には集合し、水分の損失を最小限にする行動をとりながら体内水分で唾液を分泌し、微生物を腸内に送り込む。乾燥条件が1齢幼虫の発育の最大の障害である。従って1個の卵からの個体飼育は大変困難である。